第211回HCI研究会にて「書き心地の改善に向けたペン先の摩擦が筆記のブレに及ぼす影響」というタイトルで発表してきました

投稿者: | 2025年1月31日

はじめに

はじめまして,中村研究室B3の能宗巧です.

2025年1月14~15日に沖縄産業支援センターで開催された第211回HCI研究会にて研究発表を行いましたので,ご報告させていただきます.私は「書き心地の改善に向けたペン先の摩擦が筆記のブレに及ぼす影響」というタイトルで発表してきました.

 

研究概要

背景

皆さんは筆記具にこだわりがあるでしょうか.私自身,大学生になった現在では筆記具の使用頻度は多少減ったものの,ノートを取る必要がある講義では欠かせない存在です.その際,私はパイロットコーポレーション様の「Dr.GRIP」というシャープペンシルを愛用しています.柔らかいグリップ構造が手に優しく,書き心地も自分の好みに合っているためです.共同研究をやっているから書いてるわけじゃなくて,これは本心です.

さて,もちろん筆記具の好みは人それぞれで,他のシャープペンシル,あるいはボールペンや万年筆を愛用する方も多いでしょう.素材や構造の違いによる豊富な書き心地の選択肢は,アナログ筆記具の魅力の一つです.一方で,タッチペンやスタイラスペンなどのデジタル筆記具は,素材や構造の変更が難しく,試し書きができる環境も限られているため,自分に合った書き心地を見つけるのが難しいという問題を抱えています.

特にデジタル手書きにおいては,タブレット画面とペン先の間の摩擦が書き心地に影響することが知られています.そのため,タブレット画面側の摩擦を調整して書き心地を改善するアプローチは以前より行われており,その代表例がフィルム表面に特殊加工を施した「ペーパーライクフィルム」です.ただし,このフィルムには画面の視認性が低下したり,操作感度が鈍くなったりするといった課題があります.

アプローチ

これらの課題を踏まえ,本研究ではスタイラスペンのペン先に着目しました.ペン先に焦点を当てることで,ディスプレイの視認性を損なわず,交換も容易になり,さまざまな種類のペン先を使い分けることが可能です.しかし,適切な書き心地を提供できるペン先を見つけるのは容易ではなく,これも一つの課題となっています.そこで本研究では,書き心地を客観的に評価する方法を見出すことを目的としました.

そのため,客観的評価指標として,関連研究で用いられている「手書き文字に生じるブレ」を採用しました.ブレとは,ユーザが書こうとする文字(理想文字)と,実際に書かれた文字との差異を指します.ユーザが理想文字を書こうとしても,手の動きが完全には理想通りにならず,筆記された文字が微妙にブレてしまいます.関連研究ではこのブレを定量的に評価するため,書かれた文字の点列データから各ストロークの平均を取り,平均文字を生成したところ,平均文字が理想文字に近似することが確認されました.

本研究では,ブレが小さいペン先ほど,ユーザにとって満足度の高い書き心地を提供すると仮説を立て,その検証のために実験を実施しました.

実験

本実験では,素材や構造の異なる7種類のペン先を用意し,実験参加者にそれぞれのペン先を用いた筆記タスクと削除タスクを実施してもらいました.参加者は,さまざまな筆記特性を持つ集団を確保するため,右利き・左利きの男女それぞれ5名ずつ,計20名を選定しました.

筆記タスクでは「あ」と「永」を筆記してもらい,削除タスクでは円を削除してもらいました.これらのデータを基に,客観的評価指標であるブレを算出し,実験中に実施したアンケートに基づく主観的評価との関連性を分析しました.

筆記タスクにおけるブレ(筆記のブレ)は下図のように筆記された文字とその平均文字の差分とみなしました.具体的には,各文字をその中心で揃えた後,ストロークごとの距離を求める方法を採用しました.

削除タスクにおけるブレ(削除のブレ)は,ストロークの平均化が有効でないため,下図に示す赤い部分,すなわち削除対象からはみ出したストローク量とみなしました.そして,これらのブレが書き心地や消しやすさといった主観的評価を客観的に評価する指標として有効かどうかを検証しました.

結果と考察

アンケートで得たペンの「書き心地」に関する主観評価と筆記のブレの関係を,スピアマンの順位相関係数を用いて分析しました.下図のようにグループ分けを行い,相関係数を求めた結果,「あ」では明確な相関は見られなかった一方,「永」では右利きの参加者および筆圧下位群(平均筆圧が下位5名)において,中程度の正の相関が確認されました.この結果は,「永」が「あ」と比較して,とめ・はね・はらいといった多様なストロークを含むため,摩擦特性の影響を受けやすかった可能性を示唆しています.

また,下図は参加者ごとに相関係数を求め,その値を降順に並べ替えたものです.参加者の利き手ごとに色分けをしていますが,相関係数の値が高い参加者に注目すると,「あ」では橙色で示される左利きの参加者が多く,「永」では緑色で示される右利きの参加者が多い傾向が見られました.このように,文字に対する相関の傾向が,利き手や平均筆圧値といった参加者の属性によって異なることがわかります.これらの結果から,書き心地と筆記のブレが対応づくためには,属性ごとに適切な文字が存在する可能性が示唆されました.

同様に,アンケートで得たペンの「消しやすさ」に関する主観評価と削除のブレの関係についても,順位相関係数を用いて分析しました.その結果,右利きの参加者および筆圧上位群(平均筆圧が上位5名)において,弱い正の相関が認められました.しかし,相関のばらつきが大きく,全体的に明確な関係は見られませんでした.この結果から,本研究における削除のブレの定義が,主観評価との対応において適切でなかった可能性が考えられます.

展望

今回の実験結果から,ブレを用いた客観的評価の有効性が十分に確立されたとは言えません.しかし,より多くの文字や文章,参加者の属性,ペン先を考慮した実験を実施することで,有効性が向上する可能性があります.また,有効性が向上した場合,前述の「自分に合った書き心地のペンを見つけることが難しい」という課題に対する支援として,ブレと書き心地のデータを活用し,試し書きをせずにペン先を推薦するシステムの構築を進めていきたいと考えています.

 

このほか,各ペン先の摩擦特性や主観評価に関する詳細な結果・考察等については,発表スライドや論文をご参照ください.

いただいた質問

  • 利き手によって相関傾向が異なるのはなぜでしょうか?
    • その一因として,筆記時のペンの使い方の違いが考えられます.例えば,横方向のストロークでは,基本的に左から右へ書くことが多く,その際,右利きはペンを引くように動かし,左利きはペンを押すように動かすことになります.この違いが筆記時の摩擦や力のかかり方に影響を与え,相関の傾向に差が生じた可能性が考えられます.
  • 万年筆のようなペンではストロークの太さや色の濃淡が変化しますが,本実験ではどうだったのでしょうか?
    • 本実験では,ペンの太さや色については一定の条件としました.確かに,ストロークの太さや濃淡が学習効果に影響を及ぼすことは既存の研究でも指摘されています.しかし,ブレに関してはこれまで十分に検討されておらず,今後の課題として,これらの要素を実験条件に加えて検討していきたいと考えています.

 

発表スライド

 

書誌情報

能宗 巧, 瀬崎 夕陽, 小林 沙利, 関口 祐豊, 中村 聡史, 近藤 葉乃香, 梅澤 侑己, 橋本 忠樹. 書き心地の改善に向けたペン先の摩擦が筆記のブレに及ぼす影響, 情報処理学会 研究報告ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI), Vol.2025-HCI-211, No.15, pp.1-8, 2025.

 

おわりに

初めての学会発表ということもあり,わからないことばかりで,発表直前まで非常に緊張していましたが,無事に終えることができて安堵しています.今回は学会発表だけでなく,沖縄に行くこと,さらには飛行機に乗ることすら初めてだったため,全体を通してわくわくしていました.偏食ではありますが沖縄料理も楽しむことができ,また学外の方との交流もできたため,とても有意義な経験となりました.次の学会発表ではどこに行けるのか,今から楽しみにしています.

最後になりますが,ペン先の製作にご協力いただいたパイロットコーポレーション様,そして研究全体を通してご指導いただいた中村先生および研究室の先輩方に心より感謝申し上げます.誠にありがとうございました.

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