はじめに
はじめまして。中村研究室B3の伊藤奈々美です。
2025年11月26, 27日に淡路島で開催された第215回HCI研究会にて、「筆記のブレを利用したデジタルペンの重心の違いによる書き心地推定手法」というタイトルで発表を行いましたので、そのご報告をさせていただきます。
研究概要
背景
近年、スマートフォンやタブレットなどの普及に伴い、デジタル端末上での手書き入力が一般化してきたと思います。ですが、デジタルペンはアナログペンと比較して素材や構造の変更が容易でないことや、店頭での試し書きを行える機会が少ないことなどから、書き心地が限定的でユーザに適切なペンを見つけるのが難しいという課題があります。そのため、ユーザに適切なペンを見つけるためには、主観評価だけでなく、書き心地の客観的評価指標が必要であると考えられます。
これに対し、これまでに研究室では、先輩の能宗さんがペン先の摩擦特性に着目した書き心地と筆記のブレの相関について調査してきました。ここで、筆記のブレに関しては、ユーザによって筆記された複数の文字を平均化した文字はユーザの理想に近づくという先行研究に基づき、ユーザの平均文字を理想文字と仮定し、平均文字と各筆記文字の差分を筆記のブレと定義しています。
これまでの研究では、ペンの物理的特性のうちペン先の摩擦に着目してきましたが、同様にペンの重心位置についても書き心地に影響を与える重要な要因であると考えています。重心は把持点を支点としたモーメントを変化させるため、筆圧の安定性や線の精度、操作性に影響を与えることが考えられます。そこで本研究では、ペンの重心に着目し、重心の違いによる筆記のブレを用いた書き心地の客観的評価の実現を目的として、実験・検証を行いました。
実験
本研究では、先行研究に基づき以下の2つの仮説を立て、検証を行いました。
H1「筆記時のブレが小さい重心設計のペンは,ユーザにとって満足度の高い書き心地を提供する」
H2「筆記時のブレが大きいペンで筆記した文字は,ブレが小さいペンで筆記したものより字のバランスが縦長になる」
実験では、重心設計の異なるスタイラスペンを4種類用意し、それらを用いて複数の文字(「四」「永」「む」「ふ」)を異なるキャンバスサイズ(大・小)で筆記するタスクを計30人の実験参加者の方に実施してもらいました。また、実験終了後にはそれぞれのペンの書き心地に関する主観的評価アンケートに回答してもらいました。
実験で使用したスタイラスペンについては、今回共同研究を行っているパイロットコーポレーションの方々に開発していただきました。このスタイラスペンは「Dr.GRIP」の軸を使用しているのですが、グリップ部分に金属のおもりが挿入できるような設計で、おもりの位置と数を変えることで重心位置をカスタマイズすることが可能になっています。

結果
実験の結果、参加者全体においては書き心地と筆記のブレに相関は見られず、実際に筆記された文字の縦横比についても、統計的に有意な差は確認されませんでした。しかし、分析の結果、興味深い知見がいくつか得られました。
書き心地とブレの相関については、参加者の利き手やペンの持ち方ごとに分析を行った結果、左利きの参加者や、ペンを直接支える指の本数が少ない持ち方の参加者など、筆記動作における安定性が低いと考えられる参加者の属性においては強い相関が確認されました。
また、文字の縦横比については、キャンバスサイズや筆記する文字の種類などによっても影響を受ける可能性が示唆されました。
展望
今回の研究では、ペンの書き心地は筆記のブレだけでなく、参加者の利き手やペンの持ち方などの属性、筆記する文字の種類や大きさなど、様々な要因に影響を受ける可能性が示唆されました。そのため、今後は様々な要因の影響を考慮した実験を行い、より実用的な書き心地の客観的評価指標の実現をしたいと考えています。
発表スライド
書誌情報
おわりに
今回は初めての学会発表ということで、出発前からすごく緊張していましたが、発表直前まで同期や先輩方などに何度も発表練習を聞いていただいたり、研究室のみんなに沢山応援していただいたので、本番は落ち着いて発表することができました。そして、他大学の方の発表なども色々聞かせていただいたのですが、興味深い内容の発表が豊富で、今後の研究に対するとても良い刺激となりました。
また、今回は学会発表だけでなく、神戸に訪れるのも初めてだったため、発表前の旅も含めてすべての出来事が新鮮で、忘れられない良い経験となりました。初めて食べた神戸牛はとっても美味しかったです。
最後になりますが、ペンの製作にご協力いただいたパイロットコーポレーション様、そして、初めての研究で右も左もわからない私に一からご丁寧に指導して下さった先生および研究室の先輩方に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
